第二章、高級婦人服を買う女性はアホなのか? ~高級品で、これからの生き方を学ぶ~
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電子書籍『高級品で、これからの生き方を学ぶ』の「第二章、高級婦人服を買う女性はアホなのか?」です。
よろしくお願い致します。
「まえがき」でも触れておりましたが、まずは前著『ゲームやアニメ、漫画でこれからの生き方を学ぶ』の「第九章、書きたかったことをまとめると(前編)」より、必要な部分を引用させて頂きます。
~~引用ここから~~
さて、ここで「まえがき」で紹介した伊藤忠商事の会長CEO岡藤正広氏の話をもう一度繰り返します。
「東北のあるメーカーがフランスの高級婦人服シャネルに生地を納めていた。一メートルあたり五千円の生地がスーツになると百五十万円にもなる。その生地がなければその服はできないのに、あまりの違いではないか」
この百五十万円にもなるシャネルのスーツですが、これを着るお客さんは誰でしょうか。
もちろん、女性ですよね。
日本でそれなりの権力を持っている男性、例えば政治家や大企業の経営者等の中には、次のような考え方をされている方がたくさんおられるのではないかと、私は疑っています。
「こんな布切れが百五十万円もするとはあり得ない、そんなお金を出して買う女性はアホだ」
「たかが布切れに百五十万円の値段を付けるとは、欧州の奴らはぼったくってるじゃないか」
では何故、シャネルのスーツが百五十万円もするのでしょうか。
日本製の生地だけでなくデザイン、つまりデザイナーやパタンナーの人件費、これらのものを合計しても百五十万円には程遠い、だからぼったくりである(暴利を貪っている)というのがその方々の考えだと思います。
しかしこのシャネルのスーツに含まれているものは、それだけではないのです。
一時は引退していた創設者ココ・シャネルでしたが、クリスチャン・ディオールの「ニュールック」と呼ばれる女性的なデザインの服が復権したことに激怒し、復活しました。
「ニュールック」の服とは、男性の目から見た女性らしい美しさを追求したもので、細いウエストラインと足首まで届くロングスカートが特長です。
ココ・シャネルが激怒した理由とは「せっかく自分が苦労して、締め付けて苦しいコルセットと動きにくい長いスカートを女性に強要していた時代から解放したのに、またそれが復権するなんて」というものでした。
つまり、シャネルのスーツの何がすごいのかと言うと「男性から見た女性の美しさの強要から、女性を解放する」という思想的なものが含まれているところです(単にコルセットをやめただけならポール・ポワレという男性デザイナーの方が先でした)。
創業者であるココ・シャネルの哲学から生まれたそのようなコンセプトが、このシャネルのスーツには含まれているのです。
また、哲学やコンセプトなどの話だけではなく実際に窮屈な服ではないため、このスーツを着て働く女性の生産性もより高くなったことでしょう。
そういう意味でも、ココ・シャネルは人類の歴史に多大なる貢献をしました。
シャネルのスーツの価格の中には生地や糸などの原材料費や製造時の人件費だけではなく、こういった哲学や歴史などの無形の価値が含まれているのです。
~~引用ここまで~~
今回、最も注目して頂きたいのは、次のところです。
「こんな布切れが百五十万円もするとはあり得ない、そんなお金を出して買う女性はアホだ」
「たかが布切れに百五十万円の値段を付けるとは、欧州の奴らはぼったくってるじゃないか」
というわけで、前著では「欧州の奴らはぼったくってるじゃないか」についての反論を主に書いていました。
これについては「哲学や歴史などの無形の価値が含まれている」というのがその反論です。
(さらに「日本人はこの無形の価値を付加価値だと考える人が多いが、実は本質的な価値である」とも言えます。
というわけで高級品とは「その会社の哲学からコンセプトが生まれ、そのコンセプトを形にしたものがこの商品である」という順に生み出されますが、日本人はこれを逆にして「先に商品を製造してから、どういうコンセプトで売り出そうかと考える」ので、素晴らしい高級品が生まれにくいのです)
今回は「そんなお金を出して買う女性はアホだ」についての反論を書いておこうと思います。
まず、こういう考え方で最も問題なのは、シャネルのスーツを買う女性に対して「単なる見栄のために多額のお金を出して買っている」と思い込んでいるということです。
つまり「すべての女性がシャネルのスーツを地位財だと思って買っている」ということであり、最も大きな問題は「すべての女性」であるところです。
確かに地位財として、シャネルのスーツを買っている女性もたくさんいると思います。
しかし中にはシャネルのスーツを買う理由を「デザインが非常に良く、しかも良いデザインの割には機能性も優れている」という、スーツとしての品質によるものだと言う人もいるでしょう。
(本当は見栄だけど他人にその理由は言いにくいからそう言っている、という場合もあるでしょうけども)
そしてこの「デザインが非常に良く、しかも良いデザインの割には機能性も優れている」というのは、デザインに人それぞれの好みがあるとはいえ事実であり、その品質保持のために高い価格設定になるのは納得できる理由があります。
ではその理由とは何なのか?
その理由は「創業者ココ・シャネルの哲学を受け継ぐことのできる、素晴らしい実力を持つデザイナーがデザインをしている(素晴らしい実力のあるデザイナーを血眼になって探し出して、そのデザイナーに高いお金を払って素晴らしい服を作らせている)から」です。
そんな素晴らしい実力を持つデザイナーがデザインしているスーツですから、デザインが良いのは当たり前の話ですよね。
そしてさらに、創業者ココ・シャネルが最初にデザインしたのは「男性から見た女性の美しさの強要から、女性を解放する」というスーツですから、機能的で動きやすいのもこれまた当たり前の話なのです。
(どんなに良いデザインでも機能的でなければ却下され、市場に出ることはありません。 機能的でないならば、それはココ・シャネルの哲学に反しているからです)
まとめると「創業者ココ・シャネルの哲学があって、それを何より大切に思っているからこそ、それにふさわしい腕の良いデザイナーを雇ってその人に素晴らしいスーツを作らせている」ということです。
これはどういうことでしょうか?
「まず哲学があって、それを形にするとスーツという商品になる」ということになります。
シャネルのスーツを買う女性が皆、ここまで理解しているとは正直、私も思いません。
しかし逆に言えば、そういう知識がなくとも「感性で選んでいる」ということであり、感性だけでこのスーツが素晴らしいとわかるのは「服を見る目がある」ということである、とも言えます。
この様な女性の「服を見る目がある」という能力は、素直に評価すべきです。
ここで書きたかったことをまとめますと「地位財としての理由(つまり他人からどう見られるかということ)ではなく、自らの判断で(デザインが良いのか、ココ・シャネルの哲学等を理解し尊敬しているのかなどの理由はさておき)このスーツにはその価値があると思って買う女性もいる」という話でした。
それ故に「こんな布切れが百五十万円もするとはあり得ない、そんなお金を出して買う女性はアホだ」というのは、必ずしも当てはまらないとは思いませんか。