【短編小説】俎の上の鯉
「な、なんなの……?」
気付くと私は寝台のようなものにベルトで固定され、自由を奪われていた。身を捩ったときに、気付いたのだ。
なんで……。
疑問と同時に恐怖がわき上がり、それ以上言葉を発することが出来なかった。 目覚めたばかりの私は、まだ朦朧としていて、どうしてこんな場所にいるのか思い出せなかった。
頭上には、煌々と輝くライト、ライト、ライト……。 一瞬で目が眩み、今は何も見えない。ただ、周囲に数人の気配が感じられるだけだった。
カチャカチャと金属の触れ合う音、何かの道具……? そう思い至った瞬間、全身に冷たい衝撃が走った。これから自分の身に起こる、恐ろしい何か。そう、恐ろしい目に遭わされるんだ。
こういうの、知ってる。ここは、きっと非合法な手術を行う、危険な場所に違いない。以前、映画でこんなシーンを見た気がする。私は腹を割かれ、臓器を取り出されて、そして……。
少しして目が慣れてきた。すると、全身を布で覆い顔を隠した人が、何かの容器を持って近づいてきた。たぷん、と音がする。……液体? 樹脂製と思われる、黄色い容器の端に、木製の柄のようなものが見える。ひしゃくなのか、それとも……。
「お嬢さん、お目覚めかな。さっき説明した通りだ。何も心配することはないよ」
さっき説明? 私はこの仕打ちに同意した上で、こんな場所に拘束されているのか? 一体、なぜ?
……そうか。もしかして私はとんでもない犯罪を犯して、ここで整形手術をし、国外に逃亡するんだ。 どうしてそう思うのか? 無論、そういう映画を見たことがあるからだ。
それとあの液体の因果関係はわからないけど、でも、きっとそうに違いない。 多少意識がはっきりしてきたものの、いまだに自分が何をしでかしたのか思い出せない。ただ、何らかの方法で外見を変えなければならない、という強迫観念だけは、うっすらと意識の底にあった。
「おね……がい、します」 私は蚊の鳴くような声を、しかし全力で肺から絞り出した。 「では、始めますよ」
私は生まれ変わるんだ。次に目覚めたとき、絶世の美女になっているのか、それとも醜女になっているのだろうか……。 自分が医者にどんなオーダーをしたのか覚えていない以上、考えてもムダなことは分かっている。 そうだ、おとなしく俎の上の鯉になろう。目を瞑り、そう覚悟を決めた時――
「きゃああああっ」
太股の上に、アツアツでねっとりしたものがかけられた。 慌てて頭をもたげ、下半身を覗き込む。
「ちょっとガマンしててね。すぐに冷めてくるから」
私はショックで全てを思い出した。
このアツアツのドロドロはワックス……つまり、 私は脱毛のために、この美容外科にやってきたのだ。
来週行く予定の、南の島への旅行のために。