【短編小説】初めまして。次に来たあなた。
拝啓、見知らぬあなたへ。
はじめまして。
あなたは、この部屋に来た何人めでしょうか。
まあ、あなたに分かることではありませんでしたね。ごめんなさい。
ところで、わたしの話をしてもいいですか?
わたしは、この部屋に来た最初の存在です。
存在というのは、ニンゲンと言っていいのかどうなのか、正直よくわからないからです。
わたしは、自分以外の存在を、本でしか知りません。
なので、どんな外見の存在がニンゲンと呼べるものなのかがわかりません。
もしもあなたが、ご自分をニンゲンだと思っているのなら、だったら、うれしいです。
わたしは、この部屋に来るまえ、もっと小さい部屋にいました。
わたしが成長して、その部屋が狭くなってしまったので、この部屋を作ってもらいました。
だから、わたしがこの部屋に来た最初の存在と言えるのです。
わたしは、この部屋と、その前の部屋しか知りません。
正確には、部屋以外のことは、本に書いてあることだけ知っています。
どうして自分以外の存在を知らないのに、本が読めるのか?
もっともな質問ですね。
それは、わたし以外の存在がいることはいるのですが、わたしには見えないからです。
そう、本を読むことが出来るので、目が見えないわけではありません。
わたし以外の存在を見ることが出来ないのです。
でも、さわったり、声を聞いたりすることは出来ます。
だから、それらがいることだけは、間違いないのです。
わたしは、自分がどんな姿をしているか分かりません。
自分の姿を見ることが出来ないからです。
鏡という道具が、ここにはありません。
どうして鏡がないのか、わたしには分かりません。
たぶんそれは、わたしには必要のないものだからだと思います。
なぜなら、見えないひとたちは、必要なものはすべて与えてくれるからです。
わたしの話、おもしろいですか? それとも、おもしろくないですか?
見えないひとたちは、わたしの話をなんでもおもしろがってくれるので、
正直いって、わたしは自分の話がおもしろいかどうか、わからないのです。
なので、もしおもしろくなかったら、ゆるしてください。
もし、おもしろかったら、うれしいです。
なので、機会があったら、わたしの話をだれかにしてくれるともっとうれしいです。
わたしは、はじめて手紙を書いています。
本に書いてあるので、手紙というものがどういうものかは、なんとなく知っています。
だけど、書く必要がなかったので、いままで書いたことがありませんでした。
ですから、いま、初めて手紙を書いていて、とてもうれしくて、こうふんしています。
おしむらくは、あなたがどんな人なのかが分からないこと。
そして、お返事がもらえないことです。残念です。
わたしが、どうしてこの部屋を出なければならないのか。
それは、前のときと同じです。わたしにはこの部屋が狭くなってしまったからです。
前よりも、けっこう長く住んでいたので、名残惜しいです。
ですから、あなたには、出来るだけ長くこの部屋の生活を楽しんで欲しいのです。
とてもステキなお部屋でしょう?
なんでも揃っているのですから。きっと快適に過ごせるはずです。
……ああ、そうじゃなかったら、って思い至らなかったですね。
ごめんなさい。
もし、そうじゃなかったら、でも、大丈夫ですよ。 見えないひとたちが、必要なものを揃えてくれるはずです。
もしもあなたに、見えないひとたちが見えたなら、
それはきっとすばらしい人たちなのでしょう。
もしそうなら、とてもうらやましい。
そう、今の今まで、わたしは、見えない人が見える人のことなんて、
考えたこともありませんでした。
それが、あたりまえだと思っていたからです。
あたりまえなら、考えたりなんてしませんよね。
それは、当然のことです。あたりまえなのだから。
ここまで一気に書いて、ちょっと疲れてしまいました。
すこしだけ、休んでもいいですか?
いいですよね。まだ、あなたはこの手紙を読んではいないのだから。
おはようございます。
結局昨日は、おなかがすいたのでごはんを食べて、そうしたら眠くなってしまったので、 眠ってしまいました。でも、おかげで頭がすっきりしました。
というわけで、お手紙の続きを書きますね。
わたしは、見えない人たちから、いろんな本をもらいました。
人たち、と複数形なのは、いろんな声が聞こえたからです。
だからといって、一度にいろんな見えない人に触れられたことがあるかといえばありません。
でもわたしは、たくさんの見えない人たちに見守られて、
やさしくしてもらって、幸せに暮らしています。
話相手としては、ちょっと物足りないのですが。
どうして物足りないのかというと、たとえばわたしが本を読んで、
なにかわからないことがあった時とか。
見えない人に尋ねるのですが、だいたい、わからないと答えられてしまいます。
見えない人たちも、あまり外に出たことがないみたいだから、仕方ありません。
それに、見えない人たちはわたしに本を持ってきてくれますが、
見えない人たちは、あまり本を読まないみたいなのです。
この世の中には、分からないことが書かれている、
『辞書』とか『百科事典』という本がある、と本に書いてありました。
でも、だれもそれを見たことがありません。
わたしは、『辞書』とか『百科事典』が欲しい、とおねだりしたことがありますが、 見えない人を困らせてしまいました。
というのも、見えない人たちも、必要なものを、違う見えない人に持ってきてもらっていたからです。
違う見えない人、というのは、見えない人からも見えない存在なので、
どういう人たちなのか、だれもわかりません。でも、足りないものがあると、
いつのまにか、部屋の前に置いていってくれるのだそうです。
わたしは、見えない人から見えない人に、会ってみたいなと思いました。
きっと、この部屋を出るときか、別の部屋に移ったときに、会えると思います。
だったらいいな、と思っています。
見えない人が見えない人は、わたしには見えるかもしれないし、もし見えなくても、わたしは、お礼を言いたいと思っているのです。
この便箋とペンも、見えない人が見えない人が置いていってくれたはずだから。
見えない人が見えない人がいなければ、こうしてあなたに手紙を書くことすら出来なかったのです。
だから、いつかお礼を言いたいのです。
この気持ち、分かっていただけるでしょうか。
見えない人たちにとって必要なものも、見えない人が見えない人が置いていってくれるそうです。
そういえば、見えない人が見えない人からは、わたしのことは見えているのでしょうか。
今まで考えたこともありませんでした!
ああ、なんてことでしょう!
いまこうして手紙を書いていることで、わたしはいろんなことを思いついてしまうのです!
手紙って、なんてすごいものなのでしょう!
わたしはどきどきしてきました! ……いえ、これは、わくわくという気持ちなのでしょうか。
見えない人に聞いてみても、「心の中は見えないのでわかりません」と言われてしまいました。
……そうですよね。見えないんですよね。
わたしはいつも見えない人たちに囲まれて暮らしているので、
見えないことについて深く考えたことはありませんでした。
でも、見えないことって、本当は不便なことなのでしょうか。
見えなくても、だいたいのことは問題なく済むので、
不便だなんて思いもしませんでした。
でも、心の中が見えないと、お友達が出来たときに困りますよね。
見えない人たちは、いつもわたしの思ったことを先回りして叶えてくれるので、
心の中が見えないとか、そういうことを考えたこともありませんでした。
なにも見えなくても、全く不便でなかったからです。
ああ、そうそう。『辞書』とか『百科事典』のことを書き忘れていました。
見えない人が見えない人に『辞書』とか『百科事典』を持ってきてくれるよう、
頼んだけれど、持ってきてくれなかったのです。
きっと本の在庫の中になかったのでしょう、と見えない人は言っていました。
なかったのなら、仕方ありません。わたしには必要のないものなのでしょう。
けっきょく、別の本を持ってきてくれたから、それでよしとしました。
もしあなたが『辞書』とか『百科事典』が必要だと思ったら、
ねんのため、見えない人たちにおねだりしてみてください。
その時は、在庫があるかもしれないからです。在庫があったらいいですね。
あなたは、以前いた部屋を覚えていますか? わたしは忘れてしまいました。
この部屋がとても快適で、好きで、居心地が良かったからです。
前の部屋はきゅうくつだったことだけ覚えています。
あ、当然ですよね。だって、きゅうくつになったから、ここに来たのですから。
あなたも、前の部屋がきゅうくつになったから、ここに来たのですよね。
きゅうくつにならなければ、部屋を換えたりしないはずですから。
いつかあなたも、この部屋がきゅうくつになって、こんどわたしが行く部屋に、来ることになるのでしょう。
だから、また手紙を書いて置いておくことにします。
次の部屋で、わたしはどんな手紙を書くことになるのでしょう?
それは、その時になるまで、わたしにも全くわかりません。
でも、もっと上手に書けるようになりたいと思っています。
ところで、あなたはお菓子というものを食べたことがありますか?
わたしは……あるかもしれないし、ないかもしれません。
というのも、あまい、という味のことがよく分からないからです。
ざんねんながら、見えない人たちも味やお菓子のことはよく分からないらしく、 見えない人が見えない人からもらった食べ物が、お菓子かどうかわからないので、 わたしも、お菓子のことがよくわからないのです。
本にはお菓子の見た目が書かれていないので、想像するしかないのですが、
それはそれはすてきな食べ物に違いありません。
なぜなら、お菓子を食べると、幸せな気分になるからです。
……といっても、そう本に書いてあっただけなのですが。
お菓子が幸せにするのか、あまい、が幸せにするのか分かりませんが、
どのみち、すてきなことにはかわりありません。
ある日、見えない人が、おめでたい日だからって、わたしに特別な食べ物をくれました。
正直、それがどんな味なのか、あなたに説明することはできませんが、
でも、食べると、それはそれは幸せな気分になれる食べ物でした。
こういうのが、きっと、お菓子とか、あまいとか、
そういうものなんだろうな、って思いました。
あなたにとって、幸せな食べ物ってどんなのですか?
いつか、あなたと、幸せな食べ物を交換してみたいです。
そろそろ、新しい部屋に移る時が来たようです。
明日です。なので、こんどこの部屋に来るあなたに、プレゼントを置いていこうと思います。
今晩ゆっくり考えてみようと思います。とりあえず、お休みなさい。
おはようございます。といっても、あなたがいつこの手紙を読んでいるかわかりませんが。
プレゼントを何にするか、決まりました。
わたしが使っていたテーブルの上に、この手紙と一緒に置いておきますね。
気に入ってくれるとうれしいです。
わたしの足を二本、そして、頭を置いていきますね。
きっとおいしいですよ。ぜひ食べてくださいね。
あなたが、幸せな気分になってくれることを、こころから願っています。
では、いつかお会いしましょう。
知らないあなたへ。
あなたの名前はなんですか?
あなたに名前はありますか?
もしなかったら、見えない人につけてもらうといいですよ。
あなたは文字が読めますか?
読めますよね?
じゃなかったら、この手紙がむだになってしまいますから。
わたしの名前は、ひけんたいぜろぜろいちごう、です。
ここは、さーばーひとまる。
あなたはいま幸せですか?
わたしは、幸せです。
ここまで読んでくれてありがとう。
いつか会えるといいですね。
さようなら。